前回のつづきである。
煙草というのは本数を減らすのも難しい。
ニコチン・タールの少ないものに変えるのは意味がない。
より深く吸うようになり、摂取量は期待するほど変わらないのだそうだ。
だが、この方法なら確実に減る。
前回の最後に、「煙草が長い必要がない」ということを書いた。
煙管(キセル)では2×2回で、4回くらいしか吸わないのである。
普段吸っているときには1本が丁度良いのだと錯覚し、更には1本では足らずに2本続けて吸うなどということもする。
恐ろしい罠である。
煙草を吸わない人が吸うと、1回吸っただけでゲホゲホとなる。
吸い始めの頃を思い出すと、当然そうだったに違いない。
しかも、少し吸っただけでクラクラもした覚えがある。
1回吸っただけでそうなのだ。
なぜ、そうならなくなったか。
慣れたからである。
だから、吸ってもなんともないし、数回吸っただけでは吸った気にならず、1本全部を吸って、酷いとチェーンスモークということになってしまうのだ。
ではどうするかというと、一旦止めるのである。
吸わない。
禁煙しているのと同じことだ。
イライラしたり、ボーっとしたり、どうしても煙草が吸いたくなったりする。
我慢しないと意味が無い。
そうでなければ多分、ここで言っていることが実感できない。
どうしても吸いたいなら吸っていい。
禁煙してはいないのだから。
ただし、1回か2回しか吸わない。
それで吸った気になれるはずだ。
当たり前だ、吸っているのだから。
もし、吸った気になれないなら、我慢が足りない。
我慢して、我慢して、1・2回吸っただけで満足できる状態に持っていくのである。
それでは煙草がもったいないと思うかもしれない。
もちろん、捨てたりはしない。
ここからはシケモクである。
人にもよるだろうが、私はシケモクに抵抗がない。
ルパンと次元は大抵シケモクである。
彼らは爪楊枝を使ったりするが、100均のフィルターで熱いのを避ける。
シケモクは自分の吸殻入れに入れて保存することになるが、吸い口にも灰が付いてしまうだろう。
それもフィルターがあれば大丈夫である。
こうやって吸うと、1本を何回にも分けて吸える。
我慢してどうしても吸いたいという状態にならないと、これでは満足できないだろう。
2回くらい吸って満足できる体になろうというのが(とりあえずの)目標である。
もう節煙ではなく、半禁煙と言っていいくらいの気持ちになっているだろう。
これで吸うスパンも長くしていく。
習慣的に吸う場面も出てくるだろう。
それも2回吸って終わり。
不思議とそうしていると習慣性がなくなってくるのである。
「食べるダイエット」あるいは「食べていいダイエット」というのがある。
これは「吸っていい禁煙」というところ。
長くなるので、更につづく。
